■[報告]イラン2 ケルマンでのトレッキング
□2004年5月13日から15日
□2004年11月10日送信

▼概要

大地震のバムを離れ、ケルマンへ行った。そしてここで知り合った旅行者二人と合流して 砂漠のトレッキングに出かけた。

▼「砂漠の街」

ケルマンでオーストラリア人と韓国人の旅行者と合流し、砂漠を見に行った。ガイド付き の車をシェアして雇い、ケルマンの北にある「砂漠の街」を目指した。普段はガイド付き の旅などできないが、たまにこういうチャンスがあるといろいろ教えてもらえるのでおも しろい。特にイランではあまり英語が通じなかっただけに日ごろの疑問をぶつけるのが楽 しかった。途中の村ではブルーベリーならぬ「白色ベリー」の木に登り、心ゆくまで食べ た。人のいい運転手の人が我さきと木に登ってゆく。後を追う外国勢。自然と遊ぶと澄ん だ疲れだけが残る。
続いてナツメヤシの林を見に行った。ナツメヤシの実は濃い紫色をしており、プルーンを 少し大きくしたようなもの。乾燥させて保存食として売られている。貴重な現金収入にな り、人によってはひと財産作れるくらい儲かるそうだ。とはいえこの場所、夏は暑すぎて 多く住民はケルマンまで避難しなければならないそうだ。そんなところでよく続けられる ものだ。低地特有の白い空の下、ほてるように熱かった。
ちなみにこの村も以前大地震におそわれたそうで、壊れたバザールが残っていた。しかし 伝統的な家屋の場合比較的丈夫なドームで屋根が作られているし、平屋が多いので被害は 近代のものより少ないようだった。地震なんて大昔からある、というのも事実だが最近の 建物になって被害が拡大している面があるのではないだろうか。バムの悲劇を繰りかえさ ぬよう、よく考えて実行しなければなるまい。
ここでは木製の鍵を備えた木戸も見ることができた。長さ15センチほど素朴なからくりで 、開けようとすれば簡単に開けられそうだ。でもそれで十分だったわけで今も十分だから 使われている。あたりまえの民具はあたりまえに美しい。
もちろん現在の人々が昔と全く同じ生活をしているわけではなく、招いてくれたドライバ ーの友人宅にもテレビや冷蔵庫が当然あり、特に貧しいわけではなかった。念のため。

次の村では本物のカナートを見せてもらった。地下水路は狭いトンネルというより、広々 としたスペースを左右にもった水路で、地上から降り注ぐ光に柔らかく照らされて、まる でおしゃれな喫茶店のようだった。実際これらの空間は水路の管理という目的だけでなく 、酷暑をさけ、人々がくつろぐ場所になっているそうだ。それにしてもこのような水路が 数十キロも作られているとは信じられない。確かに土はさわっただけで崩れるほど柔らか かったが、その土を外に排出するだけでも並の作業ではないだろう。数十キロの水路が完 成するまでの期間、砂漠のまん真中で一体どう食いつないでいたのだろうか。奇跡のよう な建造物だ。
最後に本当に無人の地を一時間ほどドライブし、ようやく目的の「砂漠の街」へ行った。
ここはイランでも有数の低地で、観光局によれば「世界一暑い」そうだ。ここにある台地 は風によって風化浸食されており、遠くから見るとまるで街のように見えた。
街は実際に近づくほど大きな砂山になり、近づくほど遠ざかる。登れば登るほどずり落ち 、険しくなった。
百聞は一見に如かず。ただの砂丘だろうと思っていたが、どっきりするくらい美しかった 。

▼トレッキング

砂漠を見に行った後、私たちはシルチという村の近くで車を降り、キャンプトレッキング を開始した。初日はすでに日が暮れていたのでそのまま河床でキャンプ。どろどろの水を 浄水器で濾過して羊肉カレーを作った。そんな時、巨大野犬が出没。と思いきやロバだっ た。とにかく真っ暗で何も見えなかった。
翌日はケルマンへ戻る車道を歩いた。道自体特筆する物は何もなかったが、仲間と共に話 しながら歩くのは楽しかった。昼に休んだ巨木の下もすばらしかった。
この日はイスラムの休日である金曜日という事もあり、ピクニックの人たちがたくさん来 ていた。イランの人たちはとてもピクニックが好きだ。ペイカンというイランの国民車に 老若男女乗り合わせ、気ままに木陰でひがな一日を過ごす。準備は意外に周到で、ガスコ ンロから炭火焼き、テントまで何でもあった。料理も家の外うち関係ないようで結構手の 込んだ豆料理なんかも作っていた。彼らの深部を流れる遊牧民の血がそうさせるのだろう か。
イランは法律的に女性はチャドルというスカーフの着用が義務づけられている。色は一応 自由らしいが黒が推奨されており、地方ではそれこそ女性は全身真っ黒黒。初めて見たと きは幽霊映画にでも紛れ込んでしまったかと思えるくらい異様な光景だった。イランでは 未婚の男女が二人で歩くだけで違法だそうで大変な苦労があるそうだ。携帯電話の番号を 渡すだけでも眼をつけられないように偶然を装ったりするらしい。何度聞いてもどこまで 本当か良くわからない。でも窮屈なりにそれぞれ自由な恋愛も楽しんでいるようでもあっ た。
そんなわけでイランで女性に話しかける時には注意が必要である。しかし外国人は例外な のかピクニック中の人たちは男女問わずとてもオープンでフレンドリーだった。田舎で警 察の目が無いと言う安心感もあるのかもしれないが、先入観が吹っ飛ぶのには十分だった 。高校生くらいの女の子にバレーボールを誘われてドキドキしてしまった。濁りのない瞳 はきらきらと光り、とてもとてもかわいかった。
この日は車道沿いに歩いたため、そこここでピクニック中の人たちと出会った。彼らは私 たちを見つけるや否や大きく手を振って招いてくれた。そしてそのたびに食べきれないく らいもてなしてくれるのだった。
ケルマンへの長いトンネルに着くと、私たちはトンネルを避け、峠まで登ることにした。
距離にしたら数キロだが、峠までの道は楽ではなかった。送電線建設時の道が残っていた がかなり崩壊しており、傾斜もきつかった。日が沈む頃ようやく峠に着き、強風の中テン トを張った。気が付けば満天の星空。眼下に細長く光る砂漠公路。そしてケルマンの灯。
標高3000mは越しているのだろう。ゆでたパスタはモソモソだった。
最終日、峠から下山してケルマンへヒッチハイクして旅を終えた。下山しても半砂漠で荒 涼とした大地がつづいた。川に沿って村までの道を歩く。川と言ってももちろん水は無い 。川のような地形に草がぼそぼそと生えているだけだ。
しかしそんなところであっても春が訪れていた。考えてみれば当たり前だが、どんな砂漠 であっても草があれば花の季節もある。広大な大地に小さな野花が咲いていた。しかしそ の姿が可憐だと思ったのは勘違いだったようだ。よくよくみれば小さくともそこここに花 が咲き乱れ、季節を謳歌しているようだ。見る目、見る心が無かっただけだったようだ。
今後砂漠に当たり前のように「不毛」という二字を加えるのは止そうと思う。砂漠であっ ても豊かな大自然の春に何ら違いない。そのことにようやく気づかされたのだから。

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