■[短報]イラン入国
□送信日 2004年5月4日
□送信場所 イラン・ザーヘダーン▼パキスタンの砂漠地帯を通過
クエッタから、難所を通過した。計9日間で735kmを走った。
以前は世界的な難所(?)だったらしいが、今は大したことはなく、全行程が舗装されていた。しかし、途中遭遇した強風は未だかつて経験したことのないものだった。台風くらい強い風が、怒濤のように押し寄せ、その中でもがき苦しむ羽目になった。たぶん時速にして40kmは越す風だろう。秒速にしたら10mか、いや、時にもっとすごかった。
それが細かい砂を巻き上げ、殴りかけてくる。手など露出した部分にはチクチクとした痛みが続いた。顔は結局全面布で覆い、文字通り覆面だった。幸い外はまぶしいくらい明るいから、布越しでも道は見える。
多くが北西の風で、アフガン風とも噂されていたものだ。横風はバランスを崩しやすいのが難点。交通量が少ないことをいいことに右車線を走る。しかしそれでも少しづつ流され、時に左車線まで引きずられることもあった。
その日の午後は今度は真西の風。つまり真向かいの風。時速10kmも出たら喜んでしまうくらいで、7〜9km/hくらいで、もがいた。時に5km/hなんて数字もでた。必死にこいでこの状態だからたまらない。道路脇の里程標だけが希望だった。
こんな状態が毎日続いたらそれこそ投げ出したくなりそうだが、幸い一日半だけで、あとはただの向かい風だった。ただの向かい風と言っても日本の感覚なら強い向かい風。でも時速12,13km出るなら十分だ。それにこの程度の天気の時は砂が舞わない。つまり覆面にならなくても走れた。
一日が終わったとき、目頭に砂の塔ができているのに気づいた。驚くほど大きかった。鼻クソも砂の塊だった。こちらの人がお茶請けに食べる砂糖の塊そっくりでおいしそうだった。
▼親切なパキスタンの人たち
この区間では警察のチェックポイントに一泊。軍の宿営地に一泊。ドライブインに二泊。
お茶屋さんに一泊。一軒しかない家の横にキャンプを一泊。それに宿に二泊した。どこででも皆当然のように迎えてくれた。そしてチャイに始まり、食事からコーラ、スイカまでごちそうしてくれた。その暖かい視線が忘れられない。こんなところなら全く難所でも何でもないと思ったくらいだ。どこでだって泊まれるし、極端な話何も持たなくたって食べ物に困らないだろうから。▼暑さは消えて
おそれていた暑さはさほどでも無かった。いや、途中までは40℃を越える暑さで参っていたのだが、嵐の日を境にとても涼しくなった。朝など20℃を切るくらいだった。だからこそ走れたのだ。もし40℃とあの風が同時に来たらきっとあきらめていたことだろう。▼でもまだ砂漠は続く
しかしまだ難所は終わっていない。これからバムまでの335km,そしてケルマンまで190kmが砂漠で難所と言われている。そしてその後もイランはずっとずっと半砂漠を走り続けなければならない。幸いなのはイランは道が非常に良いことだ。実際あまりのスムーズさに非常に驚かされた。自転車とは道がよく、風さえなければ時速20kmで楽々走れるものだと言うことを私はほとんど忘れていた。自分の体力のなさを嘆き、日本では一日100kmは楽に走っていた事実に実感が持てていなかったが、なるほど道さえ良ければ走れてもおかしくないかもしれない。いやいや、本当に走っていたのだから、走れるわけだ。▼回復
昨年秋に帰国して以来、体力が戻らず、また今回パキスタンに来てからも始め原因不明の疲れで、どうしたものかと思ったが、そろそろ完治を宣言しても言いように思う。バリバリの元気はアフガン風のせいで実感しにくいけど、実際そのくらいの元気はついてきていると思う。
そんなところで、まとまっていませんが、それではまた!
▽写真
好評にお答えしてまた写真を添付します。英語版は別写真を貼付!
- Nokkundiへ向かって。この頃から砂嵐の始まり。まだ写真を撮る余裕があった。ここではまだ覆面でなく鼠小僧作戦。
- ここのお茶屋で一泊。押し掛けなのに何度も売り物のお茶をごちそうしてくれた。
- お茶屋に迫る闇。(映っている自転車は私のではありません)
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