■タイトル ミャンマー1(Should you go?)
□文章作成 バングラデシュ・ダッカ
□作成日時 2003年7月5日

▼概要

ミャンマーはあらゆる面で良くも悪くも印象深い国だった。特異な軍政をはじめ、悪く言えば旅行ロマンチシズムを満たすにはもってこいの国だった。そして貧しかった。
もちろん金銭的な貧困が心の貧困を意味しないことは言うまでもない。実際圧政下にも関わらず独自性を色濃く残しながら誇り高く住む人々の姿をかいま見ることができた。無数に行き交う僧を見ていると、この国は実はとんでもなく豊かなのかもしれないという思いすら湧き起こったほどである。あれだけ多くの人が俗世界の労働とかけ離れた世界で生活しているのだ。日本ではありえないことであろう。

▼外貨兌換券(FEC:Forign Exchange Certificate)

ミャンマーに入国した旅行者がまず困惑するのが外貨兌換券というシステムと強制両替だ。かつては中国にも外貨兌換券が存在したが現在はおそらくミャンマーだけが世界で唯一維持し続けている。
ミャンマーに入国した旅行者は例外なく銀行のカウンターに並ばされ、200US$を「等価」という建前になっている外貨兌換券 200FECに交換しなければならない。そしてこのFECはたとえ余ったとしても出国時に再びUS$に戻すことはできない。
従って政府は確実に各旅行者から200US$を回収できる。そしてミャンマー国内ではFECがドル紙幣の代わりに流通することになる。
FECからUS$に自由に交換できない以上、「米ドルと等価」という建前が建前にすぎないことは明らかだ。実際チャット(K)という一般市民に流通する通貨に両替する際、2割近いレートの差があった。つまりそのレートの差額分を政府が儲けており、いざとなったら政府はFECを廃貨にする事すら可能である。実際この国の政府は今までに何度もチャット紙幣に対して廃貨令というとんでもない暴政を行っている。
国内の消費すべてがチャット(K)払いなら話はもう少し単純になるが、外国人にとってはそうならないからまたややこしかった。宿や観光地の入場料、航空券などがすべてドル建てで表示されていたからである。
たとえば5US$と表示された宿に泊まる場合、当然「等価」な5FECで泊まることができる。従って一見して旅行者にとってFECはドルと同じように使えるかに見える。
しかしFECがUS$と等価と市場が認識していないことを忘れてはならない。だから宿にしろ航空会社にしろ受け取る側からすれば是非ともFECでなくUS$で支払ってもらいたいのが心情だろう。しかしFECを拒否することは法律上認められていないようであり、また旅行者も強制両替させられたFECを使い切ろうとやっきになるのでそうそうドルでは支払わない。結局宿が渋い顔をしながらもFECを受け取ることになる。
要は等価という建前の元、政府だけが得をしている。そんな奇妙な通貨がここにはまだ残っていた。

▼汚職の歓迎

前述した200US$の強制両替。これは旅行者に厳然と立ちふさがる壁かと思っていたがいきなり露骨な賄賂の請求にあった。
「いくら換えたいですか。」
「もしプレゼントをしてくれたらあなたを助けてあげましょう。」

それはあまりにも露骨で日常化していた。そこでまじめに200ドル替える人はほとんどいない。皆5ドル10ドルといったプレゼントを渡し、通過している。一体これはどう考えたらいいのか。
普通に考えたら汚職は汚職であり、無くすべきと言えるが、見方を変えれば政府が儲けるか担当官が儲けるかの違いにすぎないとも思えたからだ。
また詳しく述べるが、ミャンマーの現政府(クーデターによる軍事政権)は1990年の選挙で大敗をきっしたにも関わらず政権を移譲せず居座っている。その為観光旅行自体をボイコットするよう提唱されている位なのである。従ってミャンマーを旅する際にも極力政府系の宿や交通機関を使わないよう提唱されている。では一体どうしたら一番良いのだろうか。

私は悩みに悩み、その後もずいぶん考えてみたが、結局のところよくわからなかった。観光のボイコット自体実は逆効果でミャンマーの民主化に役に立たないという説すらある。
考えないことにしよう。さもないと気がおかしくなる。すべての事には多面性があり良い悪いは見方によるものだ。そして私一人の態度で何かが変わるほどこの国の病理の溝は浅いようには思えなかった。私は100$をFECに交換した。

▼旅のガイドブック

オーストラリアLonely Planet社のガイドブックは世界中のバックパッカーの間で使われているベストセラーシリーズだ。ほぼ全世界をカバーしており、辞書のように厚くて重いのが難点だが詳しさには定評がある。洋書らしく飾らない作りで、はっきり言って見やすいとはいえない。ただし厳格な記載順序を定めて書かれているので使い込むとなじんでくるような良さがある。日本人の間ではこれを持っていると「通」っぽく見える嫌いがあるが、他国の長期旅行者の中にはこれに書かれたところは旅行者ずれしやすく、ろくなところがない。と、あえてガイドブックを持たずに旅する人もいる。
それに対して日本語版ガイドブックの雄は今も「地球の歩き方」シリーズ。読者ターゲットが長期旅行者から需要の多い短期旅行者にシフトしているため、特に長期旅行者からは「地球の迷い方」と揶揄される事もあるが情報量や更新の頻度、写真などのデザイン構成からもバックパッカーの支持率は高い。情報が散らばりがちで使い込むのには向かない面もあるが、ぱらぱらと読んで全体像をつかむのには非常に優れている。
最近は「旅行人情報ノート」というミニコミ誌から出発した出版社のガイドブックも人気が高い。実際使ってみたことはないが、筆者の個性が強くでているシリーズと言っても良いだろう。ちなみに「チベット編」は日本人以外にすら知れ渡った名著という評判だ。
さて私はと言うと、中国までは「地球の歩き方」を使ってきた。そしてその後は「LonelyPlanet」を使用している。一長一短でどちらが良かったかはわからない。ただ次節で書くようなこともある。これはしかと覚えておきたいと思う。

▼あなたは行くべきですか?(Should you go? See inside for details)

これは「Lonely Planet Myanmar(Burma)」の表紙につけられたキャッチフレーズだ。これを見たときはかなり驚いた。仮にもガイドブックがその地に行くべきか否かを事もあろうに「表紙」で問いかけている。
これにはもちろん理由がある。ビルマは1988年から民主化運動が盛り上がり、軍事クーデターが発生。虐殺を含めた弾圧が起こった。しかし運動は収まらず1990年に複数政党制による総選挙が実施されるに至る。結果はNLD(国民民主連盟)の党首、アウンサンスーチーが自宅軟禁されていたにも関わらずNLDが圧勝。8割の議席を占めた。ところが軍事政権側は居直りを決め、政権移譲を行わなかった。そしてアウンサンスーチーの軟禁をつづけた。
ここまでの経緯だけで居直り政権に問題があることは言うまでもないが、それ以外にもこの国では大量の政治犯の収容から囚人、住民の強制労働など人権侵害が広くはびこっていると言われている。
そんな中、行き詰まった政権が外貨獲得目的に次第に力を入れだしたのが観光産業。したがってそれよしと安易にミャンマーを訪れることは現政権を支持し、その維持に貢献することになりかねない。このような背景からLonely Planet社にはガイドブックの出版停止を含めた圧力があり、以上のようなキャチフレーズを表紙にすら載せ、読者に行くべきかどうかの判断材料を与えている。長くなるが引用してみよう。

▽行かない理由(Lonely Planet Myanmar(Burma)より(意訳、一部略))

▽行く理由(意訳、一部略)

そしてガイドブックを出版し続けている理由について序章で長々と理由をつづっている。

▽序章よりガイドブックを出版し続けている理由(一部を意訳)

全力で、悪く言えば弁解めいた論を延々と展開している。たかがガイドブックなのだ。そこまで気を使わなくても、と思ったほどだ。涙ぐましい気の使いように私は感動してしまった。

▼一方「地球の歩き方」は

ところが後に地球の歩き方を読んで驚いた。これほどまでにLonely Planetが神経をすり減らした内容について全く記述がない。そしてこのような議論があること自体全く触れられていなかった。
しかも現代史に関する記述も安定、不安定だけを基調にしたお粗末なものだった。(最新版では歴史に関する記述は一切省かれ、年表だけになっている)これはいささか情報が操作されていないだろうか。確かに広告主が旅行会社である以上、マイナスになるようなこと一切は書きたくないのだろう。しかし仮にも選挙で8割の支持を得た党がボイコットを提唱しているのだ。ボイコットの是非は別問題として全く触れられていないのは誠実さに欠けているように感じた。都合の悪いことには「ふた」をするという態度は信用を失うに十分なやり方だと思う。

▼一体何が良いことなのか

一体何が良いことなのか考えれば考えるほどわからなくなってくる。軍事政権の居座りは10年を越え、曲がりなりにもそれを維持し続けている。確かに台湾、韓国とも経済の発展が民主化を推し進めた。そして世界を見ると制裁され、孤立した国ほど独裁色は強まり、結果弱い立場の人々にしわよせが集まっている。石油など特筆すべき資源が無ければお節介な「自由と民主主義」を隠れ蓑に介入してくる国もない。もちろん軍事介入を勧めたり支持するつもりは毛頭無いが、反面バーミヤンの様に世界的遺産が破壊でもされない限り世界から完全に忘れ去られてしまうこともまた一面として事実だろう。人権侵害に監視の目を光らせることは重要で正論であるが、ただセンセーショナルにそれを唱えるだけで世界が変わるほど単純でやさしい話でもない。

行く前から旅は始まっていた。行くべきか行かぬべきか。そんな疑問を一個人にさえ突きつけてくる国、それは世界中を探してもミャンマーくらいかもしれない。

Travel can make a difference

私は色あせたヤンゴンの空港に降り立った。

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