■タイトル カンボジア2(アンコール遺跡)
□文章作成 タイ・バンコク
□作成日時 2003年5月10日
▼美人の国・カンボジア
旅行者が何人かそろい、多少でもお酒が入れば、どの国の女性が美人か、なんて言う話題が必ず出る。私は今、躊躇無くカンボジアをその筆頭にあげよう。
美人の国と言えばベトナムが有名だが私の目から見るととてもそうは思えなかった。顔の造りについてはよくわからない。たしかに整った作りの人たちも多かったかもしれない。
しかし人の印象というのはそのほとんどが表情やしぐさに由来しているのである。
文化の違いなので議論すること自体ナンセンスではあるが、特にベトナムでは多くの女性が大股を開いてバイクに乗っている姿がなじめなかった。またがる姿勢になるのは仕方がないにしてももう少し膝をしめられないものかと日々思ったものだ。色気のかけらなんてみじんもなかった。
その点カンボジアの女性はしとやかだった。バイクの後部座席に乗るときも多くの場合よこ座りになり足を開くことを良しとしない。そして皮膚の色は近隣のタイ・ベトナムと比べ褐色で暗くとも表情が本当に自然体で心に濁るものが無く美しかった。これこそ「美」というものだろう。見ているこちらの心が洗われるような気分になった。
そして後述の女神たちである。私はとりこになってしまった。▼アンコール遺跡と女神たち
アンコール遺跡の入場料は非常に高価だった。一日20$、三日で40$、一週間で60$という価格だ。この価格はいくらなんでも高すぎるが、選択の余地は無かった。十分見て回るには週間チケットを買うしかない。そして遺跡を見尽くしてやろう。ちなみに地元のカンボジア人は全て無料だ。
高額チケットはともかくとして、アンコール遺跡は非常にすばらしかった。炎天下の中果てしなくつづく遺跡をひとつひとつ見続けた。それらは様式美に満ちていたが、個性もまた強く、飽きることがない。今こうして思い出してみても一つ一つの表情が鮮やかに思い出される。どうやら私にとってアンコール遺跡はかなり縁あるものだったらしい。
アンコールワット、アンコールトムの門、バイヨン、バプーオン、ピミナヤカス、象のテラス、癩王のテラス、タプロム、タソム、タケオ、バンタレイスレイ、バンタレイサムレ、プリヤカン、ニャックポアン、東メボン、プレループ、スラスラン、バンタレイクデイ、プノンバケン、ロレイ、プリヤコー、バコン、プラサットクラヴァン、バクセイチャムクロン、、、、一体いくつの遺跡を見て回ったことだろうか。しかしそれでも見尽くすことはできなかった。そのくらい広大で果てしない大遺産なのだ。
アンコールワットを代表として、ほとんどの寺院は美しい女神・デヴィダのレリーフで飾られていた。作家・アンドレ=マルローが魅せられ、盗み出したことでも有名だが、正に魅せられ、盗みだそうと魔が差してしまう気持ちが分からなくも無いくらい魅力的だった。
そして一人一人の顔が同じでない。それぞれ彫刻には個性があり、見ていて全く飽きることがなかった。寺院を訪れる度に、寺院の回廊をまわり、一つ一つ見て回るたびにドキドキするような感覚を止めることができなかった。そしてその自然体でしとやかな姿は正に現実のカンボジア女性そのものだった。
あの女神たちに会うためだけに来てもその価値が十分ある、そう断言しよう。
最後にお決まりだが、バイヨンの196面観世音菩薩とアンコールワットの巨大壁面レリーフについても記しておかなければならない。一見すると瓦礫の山のように見えてしまうバイヨンだが、中に入ると196面の観世音菩薩に囲まれ、何とも言えない感覚になった。これは森である。あるいは「もり」と書いた方がいいかもしれない。これは須弥山を示しているそうだが、曼陀羅の中に紛れ込んでしまったような気分がした。
それからアンコールワットの回廊に刻まれた巨大壁面レリーフにも圧倒された。一周760mの第一回廊壁面に延々と余すところ無く刻まれているのである。これは写真に撮れるような代物ではない。実際に行き、見たものでないとそのすばらしさは理解できないのではないだろうか。▼ある小児科病院の取り組み
シェムリアップの町からアンコールワットへ行く途中に真新しい病院が左手に見える。ジャヤヴァルマン7世病院(小児科)だ。ここで毎週土曜日に開かれるチェロの無料コンサートを見に行った。
奏者は国内に3つの子供病院を取り仕切るスイス人医師Beat Richnerさんだ。情感あふれる演奏とはっきりとした口調の語りが印象的だった。思い切り要約すると彼の主張は2点に絞られるように思えた。
1.カンボジアの長い内戦と貧困はそもそも西欧世界からもたらされたものであり、従ってそのために苦しむ人を助けるのは援助でなく義務であり責任である、という点。
2.貧しい国には安価な医療という二重基準は人道に反している、という点。
言うは易く行うは非常に難しいが、彼の偉大なところは全て実行し、成功を収めていることだ。西欧並の設備を整え、全ての子供に対して無料で治療を行うと入院患者に対しては一人当たり100US$を軽く越える費用がかかるそうだ。これは公務員の月給が2,30$という国では大変な金額とも言える。しかし国連をはじめとして二重基準をよしとする「安価」なやり方では誤診や適切でない薬(西欧では認可の取り消されたもの)の投与を呼び、結局多くの命を奪っていると言う。そしてきちんとした診断と治療に必要な100$はそれでもまだ高すぎるというのか、と憤怒する。西欧によって内戦に導かれたカンボジア人の子供の命の値段は100$にも満たないのか、と。
話の中でもっとも興味深かったことはいかに院内にはびこる汚職を撲滅させていったがという話だった。考えてみれば当然の話かもしれないが、汚職がはびこり薬が盗まれる原因はそれまでのスタッフの給料では家族をまかなっていけない点にあったそうだ。まずは十分な給料を支給すること。当たり前のことと思われるかもしれないが、月額2,30$という世界でその4,5倍の給料を支給すると言うことは大変な英断で大きな賭だったに違いない。
なお、資金は現在その多くが個人からの寄付によって成り立っているそうだ。国からの資金が十分でない以上仕方のない手段だと彼は言い、チェロを弾き資金集めに日々奔走する。
ちなみに現在常勤の外国人はたったの2人しかいないそうだ。一方カンボジア人スタッフは1280人いる。これはもう資金を除き完全に自立していると言って良い。そして日々100名近い人命を救い続けているのである。
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