■タイトル カンボジア1(アンコール遺跡への道)
□文章作成 タイ・バンコク
□作成日時 2003年5月10日

▼概要

サイゴンでウーヴァ(Uwe)と再会した私は共に自転車を転がし、カンボジアに入国、アンコールワットを目指した。

▼カンボジア入国

ホーチミンシティーを出ると、広大なメコンデルタを横切り、チャウドックへ向かった。
途中オーストラリアの援助でできた巨大な橋がメコン川にかかっていた。この国で立派なものは全て援助で作られたものだ。残念ながらこの法則はなかなか外れない。
チャウドックでMeikeに再会すると中国からベトナムに入ったときのように、また三人で国境を越えた。今回越えた国境はあまり知られていなく、実際に外国人が通過できるかは明らかではなかった。しかし案ずるより産むが安しで、行ってみると何の問題もなかった。
しかし一方国境を越えてみると快適な舗装路は一気にひどい状態のダートになり、土ぼこりを浴びながらゆっくり進むしかなかった。
タケオではスイス人の旅行者と船をチャーターしてフーナン時代の古都などを訪れた。博物館で発掘されたものを見るくらいしか見所は無かったが、田舎の町を歩くのも悪くなかった。
この日は8世紀の寺院跡へも見に行った。残骸に近かったがベトナムで見たチャームのものと少しづつ違いを感じることができた。

▼アンコール遺跡以外の遺跡

カンボジアではアンコール遺跡があまりにも有名だが、自転車で旅をしているおかげで、道すがらいくつかの遺跡を訪れることができた。それらはさほど有名ではなくても実際にはかなりの規模で見応えもあるものが多かった。
カンボジアの寺院はしばしば小さな丘の上に立てられていた。このような丘はプノン(Phnom)と呼ばれ、高さは50〜100mそこそこだが、真っ平らな大地の上に立っているので非常に見晴らしが良い。なのでその上に立てば世界に君臨する王様の気分になれる。
Phnom Chi Souもすばらしかった。とても「その他」に入れてしまえるようなものではなかった。しかし残念なことは米軍とクメールルージュによってかなり破壊されてしまっていたことだ。地元の人が淡々と説明してくれた。
プノンペンの北方ではPhnom Udongを訪れた。ここはアンコール王朝の後、長年首都が置かれていた場所だ。しかし今では首都だったとは思えぬくらい小規模である。とはいえ、丘の上に仏塔が林立する姿はすばらしかった。そしてつい数ヶ月前に建立されたという大理石の寺院が美しかった。
その日は季節外れのスコールがあり、寺院は雨に濡れていた。その大理石の上で物売りを忘れた物売りの子供たちがはしゃぎ回っている。それを横目に寺仕えのお姉さんが実に愛情あふれた表情でお寺の石を磨いていた。それを見て手伝いを始める子供たち。なんと平和で美しい光景だろうか。
虐殺と内戦という泥沼の中から、カンボジアは今、澄んだ蓮の花を咲かせようとしている。国中に咲き誇る蓮花がその象徴のように美しかった。

▼近道の中で

私が自転車で走るルートを決める際によくとる方法がある。それはとにかく近道することだ。いそがば回れと言うから、急がないときは近道をすれば良いと思っている。もちろん近道すればするほど田舎に入り道路状態は悪くなるけど、そこがまた楽しいところでもある。しかも近いというおまけ付きだから申し分ない。
バタンバンからシェムリアップの道でも通常の国道や船運は利用せず、地図に頼りなく写る細い線をたどった。しかしこの道は想像以上に厳しかった。しかも用意した3種類の地図、全てがバラバラの主張をしていたからたちが悪い。川筋のラインすらバラバラだった。
頼りになるのは村の名前だけだろうか。人とすれ違う度に村の名前を連呼して、道が間違っていないかを確認しながら進んだ。
バックプレアが近づくと道はどんどん悪くなった。4WDでも苦労しそうなぬかるみが立ちふさがり、自転車は泥だらけになった。道幅は狭く、ほとんどシングルトラックにちかいところすらあった。左右は広々した畑から不毛のブッシュに突入し、どこへ向かっているのか確信は持てなかった。ただコンパスを見て、方向に誤りがないことだけに注意しながら進んだ。
今回なかなか威力を発揮したハイテク機器がある。GPSだ。GPSロガーにPDAを接続し、何度か現在位置を読み込ませた。その経緯から計算し、地図上に定規で現在位置をプロットする。緊張の一瞬だ。幸い地図もGPSもきわめて正確でラインの真上に自分がいることを確認することができた。これは実利上もさることながら精神的に強い支えになった。
バックプレアからローカル船をつかまえてポウトレイまで移動した。この間にはもう道すらない。ポウトレイの村でキャンプをすると翌日シェムリアップへ向かった。しかし国道までのたった20kmがつらかった。道はたくさんあったのだが、それが問題だった。たくさんある車輪の痕、そのどれが本物の道なのかを見極めながら進まなければならないからだ。頼りになるのは勘とコンパスのみ。実際一度間違えて1kmほど引き返したこともあった。
ここは田舎の中の田舎だ。しかしそれでも人は時に往来し、道をたずねることも出来た。
彼ら皆とても親切で言葉は通ぜずとも一生懸命教えてくれるのだった。
それにしても道は熱く、砂が増し、時折押さないと進まないくらいだ。生まれも育ちも北国ドイツのウーヴァは完全にばてて無気力になっている。しかも彼は木の枝が車輪に刺さったせいでスポークを折り、変速機も壊してしまっていた。こんな所で延々と修理に時間はかけたくない。緊急用スポークで急場をしのいだ。
幸いだったのは井戸を見つけられたことだ。泥水で恐ろしく汚かったがそんなことを言っている場合ではない。穴のあいたバケツで何度も汲み、全身水浴びをした。ウーヴァはハイテクのセラミックフィルターで浄化しようという。でもそれをする力は残っていないようだ。泥ですぐ詰まるフィルターを何度も掃除しながら私が代わって飲料水を確保した。
この日もGPSで現在位置を確認することができた。緊張しながら現在位置をプロットし、道路を示す線上に自分を見つけたときの感覚。思わず拍手するうれしさだ。
道は細く頼りなくともつらつらと続いてゆき、地雷を踏むようなこともなく無事国道に出ることができた。
アスファルトのなんと快適で速いことだろうか。それがカンボジア品質で十分滑らかでなくとも、紛れもなくその威厳を保っているように思えた。

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