□題名 たたら
□送信場所 長崎県長崎市
□送信日 2002年4月18日

▼やまたのおちろ(八岐大蛇)神話

須佐之男命は高天原を追放され、出雲の国肥の川の上流鳥髪の地に降り立った。川上から箸が流れてきたので訪ねていくと老夫婦と娘の稲田姫が泣いていた。訳を尋ねると、
『眼はホオズキのように赤く、8つの尾と頭を持つ八岐大蛇が毎年やってきては娘を喰らい、今年は8人目のこの娘の番で泣き悲しんでいます』と言う。
須佐之男命は娘を櫛に変え髪に隠し、老夫婦に強い酒を造らせて門に置いた。現れた大蛇が酒を飲み、酔いつぶれたところで命はそれを退治した。
大蛇の血は肥の川を赤く染め、その尾を裂くと天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、別名草薙剣)が現れた。須佐之男命は稲田姫を妃として須我の地に宮居をかまえた。
※パンフレットの古事記要約の要約

▼和鉄の特徴

日本の伝統的鉄精錬の特色は、1%以下しか含まれない砂から原料の段階で約9割にまでの砂鉄に選別してしまう点にある。海外の鉄鉱石の場合はそもそも鉄分が5割り以上と高く、そのまま溶鉱炉に入れ精錬していることと比較すれば特異性がわかる。わずか1%からの選別法は、砂金取りに興じたあの方法と基本的に同じ。水中で砂粒を浮かせた上での比重選別を行う。
出雲の山中は豊富な森林資源に加え、鉄の精錬に必要な良質の砂鉄層があり、次々と山を切り崩して砂鉄を採集したそうだ。結果、川には赤目砂鉄を含んだ赤い砂が大量に流出、天井川として氾濫を繰り返した。
ここまで理解すれば神話が製鉄の歴史を物語っていることは明らかだろう。川の氾濫を治め、「稲田」姫を救った須佐之男命は三種の神器に数えられる名刀を得たという筋書きになる。

▼菅谷(すがや)たたら

恥ずかしながら今回も行き当たりばったりだった。愛用のツーリングマップルを見ながら何となくたたら跡という文字に惹かれて行ってみて驚いた。こんな面白い場所だったとは!
たたら製鉄といえば「もののけ姫」が有名だ。そのモデルとも言われるのがここ、菅谷たたらである。ちなみに「もののけ姫」では森林破壊が一つのテーマになっているようだが、実際の公害としては八岐大蛇神話に見られるように土壌流出の方が深刻だったらしい。実際農耕民との間にはかなりの紛争が起きたそうだ。そのため江戸時代には農閑期の冬以外は砂鉄選別の「鉄穴流し」が禁止されたという。
菅谷には重要民俗資料として登録されているたたらや高殿(たかどの)等が残っていた。一見なにげなく置かれているその建物と炉。しかし説明を聞くと3メートルに及ぶ厳重な地下構造を備えているという。たたら製鉄は極端なほど湿気を嫌ったらしい。そのために配水管から、炉の土台乾燥用の補助炉まで備えていた。さらに炉体は一代限りの使い切りで、毎回現在カーボンベット呼ばれる灰を叩き締めた断熱材まで準備していたというから大変だ。ちなみに真砂土と赤粘土製の炉壁は単なる断熱材としてだけでなく、砂鉄還元時の触媒としても働いているそうだ。奥の深さにはまりこんでしまいそうだ。
山内生活伝承館のおばさんはとても親切だった。そして単に親切なだけでなく、たたらの土地に生まれ、育った事への誇りにあふれていたことが印象的だった。そして私の無知ぶりを考慮してもあまりある位、たたらやたたらの文化に詳しく、勉強されている様だった。質問すればするほど奥深いたたらワールドに引き込まれてしまった。

▼神話の世界も深い

たたら製鉄の神は金屋子(かなやご)神だ。金屋子神は白鷺に乗って桂の木に舞い降り、たたら製鉄の秘術の伝えたと言われている。そのため、たたらを納めた高殿のそばには桂の木が植えられていた。その桂の木が、春に3日間だけ花が咲き赤く色づくらしい。
説明が遅れてしまったが、もう想像がおつきだろう。たたら操業は一代と呼ばれる一回の操業が3日3晩続く。その炎を暗示するかのように桂も毎年三日間だけ燃える。
金屋子神は嫉妬深い女の神様だったそうで、操業中山内の女性は決して化粧をしなかったそうだ。またぎにとっての山の神と共通するような話だ。してみると桂の木も雄株に違いない。

▼復元操業

村下(むらげ)とはたたら操業の技師長であり、自ら砂鉄を炉に入れる人の事を言う。村下は元来たたら一つに一人だけ存在し、一子相伝で外部に漏らすことなく秘術を伝えてきたそうだ。
近代製鉄の波にもまれ、たたら製鉄は衰退し、ほとんど滅びかけた。しかし、日本刀などをつくるにはたたら製鉄で精錬される玉鋼と呼ばれる地金が不可欠で刀剣家から待望されていた。また、一工程で鋼をつくってしまう、たたら操業の科学的なメカニズム解明も切望されていた。
なんとか明治に操業経験のある村下が健在なうちに復元したい、そんな思いがつのる中1968年にここ菅谷でのたたら復元操業が実現した。
高殿の建物、炉の地下構造からの復元で、80代の村下が生をかけて操業を行ったそうだ。一代の操業は三日三晩かかるのだから老齢の村下さんにとっては正に命がけだったに違いない。この時の記録が吉田村の三つの資料館に残されている。その記録映画がすばらしかった。岩波映画社が撮したフィルムにはずっしりとした重みがあり、復元操業の歴史的価値と監督の思いが熱を持って伝わってくる。
山内生活伝承館では「出雲炭焼き日記」、鉄の歴史館ではたたら操業の記録「和鋼風土記」を見ることができる。
和鋼風土記は書籍(※)にもまとまっている。

▼鐵の文化圏

吉田村でトラップされてしまった私は、この際腰を据えてたたら巡りをすることにした。この一帯は「鉄の文化圏」として市町村を越えて博物館・資料館のネットワークができていたからだ。
まず仁多町のたたら角炉伝承館へ行ったが、あいにく臨時休館。仕方なく広瀬町の金屋子神話民俗館へ向かった。
ここが面白かった。鐵の民が信仰していた金屋子神等について集中して展示研究がされている。こんな資料館は全国でも類例を見ないように思う。
一般の人にとって金屋子神はなじみがないとしても、弁慶は親しみ深いと思う。その弁慶型の神話も製鉄の地域に点在して残っており、鉄人伝説として類型化できるばかりか、日本のみならず世界中に似たような話が転がっていると言う。異形の子として生まれた鐵の皮膚を持つ超人、しかしいずれも親しい女性によってその急所を聞き出され、退治されてしまう。弁慶の泣き所というわけだ。
金屋子神自体も大陸にそのルーツがしのばれる。高句麗の古墳内に鐵を司る女神が白鷺に乗っている壁画が見つかっているからだ。恐るべき鐵の神話と民俗学の世界。決して日本だけで考えている場合じゃない。世界的に考えるべき時代なのだ、そう思い知らされた。
その後、菅谷たたら復元操業後に日本刀制作を目的に復活した「日刀保たたら」を外から見て、横田町へ。横田町の「たたらと刀剣館」の巨大模型を見たりして充実した奥出雲回遊を終えた。

早くもまた行きたい。そのくらいすばらしく、面白い土地だった。
そしてこれからも鐵にまつわる遺構や神話を見つながら旅していきたい。

※和鋼風土記−出雲のたたら師−/山内登貴夫著/角川選書183

ではまた。


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